呉(ウー)と柯(カー)全日本選手権のてっぺんで再会した同級生
2011全日本選手権結果
男子
優勝 柯乗逸(カー・ピンイー /台湾)
準優勝 呉珈慶(ウー・ジャーチン/中国)

女子
優勝 陳思明(ツェン・スーミン/中国)
準優勝 光岡純子(おめでとう!)

今年男子は例年に増して海外トップの参戦が多かった。


『冷面殺手』趙豐邦(9ボール世界選手権優勝x2回)
『神童』呉珈慶(9ボール、8ボール)
『ヒットマン』トーステン・ホーマン(9ボール、14-1)
『カイザー』ラルフ・スーケー(8ボール、9ボール)
『アイスマン』ミカ・イモネン(9ボール)
『カナディアン・ライオン』アレックス・パグライアン(9ボール)
『ダイナマイト』ダレン・アップルトン(10ボール)
などなど、歴代世界チャンピオンもずらりと顔を揃え
「まるで世界選手権!」と言われるほどのメンツが揃った。

そんな中、決勝戦に勝ち進んだ二人は・・・

呉珈慶と柯乗逸。

ビリヤード好きならご存知の方も多いと思うけれど
復興高中(高校)ビリヤード専攻での同級生だ。


呉は15歳でプロ入りしてすぐに、
代表選抜を勝ち抜き台湾代表入りし、
ギネスツアーなど国際舞台に早々とデビュー。

16歳(高2)の若さで9ボールと8ボールの世界チャンプになり
一躍世界のトッププロに上り詰めた。

順調すぎるビリヤードキャリアと、
彼の明るいオーラからは予想もつかないが、

呉珈慶、家庭的には恵まれた育ちではなかった。

兄や姉と共に1歳半から祖母に預けられて育つ。
幸い祖母には可愛がられ、ビリヤードをやりたい孫をサポートするため、
祖母はビリヤード場に投資し、孫の「居場所」を作った。
(台湾のビリヤード場は、股東と言って株主のような形で何人かで共同経営することが珍しくない)

高校2年生で世界チャンピオンになり有名になると同時に
兄が博打で作った借金の取立てに、ヤクザが彼のところへ乗り込んで来るようになり

キュー1本で兄の賭博借金を日本円にして1000万円も返してきた。

2008年第一回10ボール世界選手権では、
キューを紛失し借り物キューで決勝戦に進出。

ダレン・アプルトンに敗れ史上初の「3冠王」は逃すも、
文句なしに世界最強の一人と、誰もが認める存在だった。

しかしその後・・・・・



シンガポールからの引き抜き(国籍を変えて国家代表選手に、というオファー)話がこじれ、
台湾ビリヤード協会やアジア連盟ともめてしまい・・・

WPAの選手籍が抹消され、世界ランキングからも消されてしまった・・・。

そして彼は2年間世界の舞台からその姿を消す。

主に中国に滞在していて

台湾で大きな水害(八八水災)が起きた時には、
中国のオープン戦に3連続でエントリーし、その賞金全てを被災地に寄付したりしていた
(確か優勝2回、準優勝1回だったと思う)

その後
シンガポールとの話は破談になる。

協会側は歩み寄る姿勢を見せたが

しかし、こじれてしまった関係の修復はできず・・・

呉は今年、中国への電撃移籍を発表。
すでに台湾籍を放棄、中国人となった。


移籍後、すでにいくつかの国際試合に出場しているが、
過去の実績関係なしに
新人プロやアマチュア選手に混じって予選からのエントリーになる。

なかなかそこから上まで勝ち上がることができないでいた。



この大会も予選(ステージ1)からの出場だ。

そして勝ち進み、ついに決勝戦の舞台に・・・。

「空白の2年間」の直前、
全日本選手権で優勝していた彼。
この舞台で優勝しカムバックだ、との思いがあっただろう。

ところで、
この決勝戦と同時に傍らのテーブルで行われた女子決勝戦。

優勝したのは、呉が中国で
(自身が国際試合に出ることができずに悶々としていた時期に)
育て、16歳で女子世界チャンピオンになった、現在17歳の中国の陳思明だった。



もう一方の決勝戦進出者

【撞球王子】柯乗逸(カー・ピンイー)は

撞球一家に育ち、呉とは対照的に、家族ぐるみの応援に支えられてきた。

実家はビリヤード場を経営し、
アマチュア選手である父上は

有名なコーチやプロ選手に教えを乞うために
息子を連れて車で台湾中を駆け回ったと聞く。
(私の師である台南の黄國展コーチのところへも一家でよく来ていた)

国内試合では、試合会場にもよく一家で応援しに訪れている。

(弟はこの大会昨年準優勝の柯乗中(カー・ピンゾン)。)

復興高校時代は呉のまばゆい活躍の影に隠れていたが、
アマツアー優勝やプロツアーでの健闘など
着実に実績を積み重ねていった。

完璧なフォームと真っ直ぐなストロークで、
いずれは呉を凌ぐ逸材とも言われ

ジュニア世界選手権連覇や

タイで開催されたブランズウィックオープンでは、
決勝戦絶体絶命9-14のピンチから6連マスで
デニス・オルコロを倒すなど、

国際舞台での強さを感じさせるようになって来ていたが、

選手層の厚い台湾、
選抜を勝ち抜き代表入りするのは並大抵ではなかった。


この2年間、呉が居ないことで広がったチャンスを最大限に活かして、
世界の舞台に躍り出たと言える。

そして、この2年間で、台湾を支えるエースへと成長した。

「もう、あの頃の自分ではない。」 

そう思っているはずだ。


そんな二人の直接対決。

彼らが高1の頃、
高雄で開催された世界選手権(呉が優勝する前の年)ステージ1最終戦で柯が呉に勝ち、

ステージ2でまたすぐ当たり、今度は呉が柯に勝っていたのを思い出した・・・。

そんな二人が今、
決勝戦で・・・と思うと・・・

彼らが15,6歳の頃からの「ウォッチャー」としては・・・
ネット観戦しながら、胸熱でした・・・。



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